上司に「給料泥棒」と言われた。ミスの説明を聞かされていたはずが、いつの間にか自分の給料を受け取る資格まで裁かれている。職場では黙っていたのに、帰り道でその一言だけが何度も戻ってくる。
腹が立っていいです。悔しくて、情けなくて、何も言えなかった自分にまで腹が立つかもしれません。でも、上司が吐いた侮辱を、あなた自身の評価として持ち帰る必要はありません。
「給料泥棒」は仕事の指摘ではなく、上司の罵倒です
仕事上の問題があるなら、何が起きたかを話せばいい。期限に遅れた、作業を間違えた、求められた量に届かなかった。そこは具体的に扱えるはずです。
ところが「給料泥棒」の一言には、直す場所も次の手順もありません。ただ、部下の生活を支える給料を持ち出して、「お前はここにいる資格がない」と思わせるだけです。自分の怒りを指導に見せかける上司の手抜きでしょう。反吐が出ます。
ミスがあったとしても、その罵倒まで正しくなるわけではありません。「仕事ができない」と感じている人ほど、相手の暴言まで自分の責任として回収しがちです。でも、仕事の出来と、侮辱を受け入れる義務は別です。
直接「給料泥棒」と言うだけでなく、架空の人物の話にして本人を大勢の前で晒す上司もいます。元モンスター社員だった私が当時受けた扱いは、モンスター社員側から書いた3つのエピソードに残しました。仕事への熱意がないからといって、嫌な扱いまで引き受ける必要はありません。
「向いてない」と言われた場合の話は、仕事に向いてないと言われた人へで扱っています。給料泥棒という言葉が刺さるのは、適性よりも「働いて金を受け取るな」と生活そのものを責められた気がするからです。
挽回のために、会社へ時間を差し出さなくていい
その日の夜、いつもより長く働けば黙らせられるかもしれない。休憩を削って、頼まれていない仕事も拾えば、「給料泥棒」ではないと証明できるかもしれない。そう思うと、上司の一言が退勤後まであなたを働かせます。
でも、侮辱された分を残業で返す必要はありません。上司が罵れば余計な努力を引き出せるなら、ひどい言葉ほど会社にとって得になってしまいます。そんなクソみたいな取引を、自分から成立させなくていい。
黙ってしまったことも負けではありません。上司の前でうまく言い返せなくても、その言葉を心の中で「ただの罵倒」と呼び直せれば十分です。明日の仕事も、あなたが引き受けている範囲をやるだけでいい。上司の機嫌を回復させる仕事まで増やさないでください。
また言われたら、頭の中にしまい続けなくていい
一度きりではなく、何度も「給料泥棒」と呼ばれる。人前で笑いながら言われる。そんな日が続くなら、もう「自分が気にしすぎなのか」と考える段階ではありません。言われた日と場所、言葉だけでも手元に残しておくと、あとで自分の記憶を疑わずに済みます。書く余力がなければ、今すぐ何かを始めなくてもいいです。
説教や怒鳴り声が日常になっているなら、仕事で怒られてばかりで辞めたい人へも近い話です。この記事の中心は、上司があなたの給料まで裁くような言葉を吐いた、その瞬間です。
会社へ行くたび、また言われるかと身構える。誰かの声が大きくなるだけで肩が固まる。そこまで削られているなら、まず休むことや職場の外の人に話すことを優先していい。上司を納得させるために、自分が壊れるまで居続ける必要はありません。
給料泥棒と言った上司が、あなたの生活費を払ってくれるわけではありません。給料は、その人の気分で取り上げられる賞品でもない。仕事の話をしたいなら仕事の話をすればいいのです。人を侮辱しておいて「指導だった」と言い張る上司の言葉を、自分の価値の判決にしないでください。
会社の期待から外れた人を、欠陥品のように裁く職場にいると、自分だけがおかしいのかと苦しくなります。「モンスター社員の教科書」には、会社に適応しないモンスター社員の実例と、少しラクになる見方をまとめています。



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