「モンスター新人」「モンスター社員」と聞くと、会社が被害を受けた話ばかり出てきます。でも、会社に合わせない側が何をやられたかという話もあります。
私は元モンスター社員です。当時はサボることしか考えず、会社のためにまともに働く気などありませんでした。今回は、その働き方をしていた私が、会社でどんな仕打ちを受けたかという話です。
新卒のときに押しつけられたクソ慣習、ケーススタディに見せかけた晒し上げ、逃げればよかった研修。どれも思い出すだけではらわたが煮えくり返ります。人を舐め腐った扱いをしやがって、今でもふざけるなと思っています。当時あった3つのエピソードを振り返ります。
新卒のクソ役目を断ったら、じゃんけんになった
業務外の面倒な役目を、新卒がやることになっていました。仕事上必要だからではなく、「新卒がやるもの」というクソ慣習です。
私は拒否しました。すると、なぜか10人ほどでじゃんけんをして決めることになりました。
結果、私以外の全員が同じ手を出し、私が負けました。
全員で申し合わせていたのではないか、と今でも疑っています。相談しているところを見たわけではないので断定はできません。ただ、「断った役目がじゃんけんになり、自分以外の全員が同じ手を出し、結局自分に戻ってきた」という流れは、かなり嫌な記憶として残っています。
なぜ申し合わせを疑うのか。
10人から公平に1人を選ぶなら、私が選ばれる確率は10%です。しかし、残り9人が同じ手を出すなら、実態は「私 vs 9人ひと組」のじゃんけんになります。
たとえば9人全員がグーなら、私はパーで勝ち、チョキで負け、グーならあいこ。あいこをやり直せば、最終的な勝敗は五分五分です。
つまり、私が負ける確率は50%。公平に1人を選ぶ場合の10%と比べて、5倍になります。こちらの手を読まなくても、9人が手を揃えるだけでいい。
それで「じゃんけんで決めたんだから公平」と言われても、納得できるわけがありません。
そもそも私は、最初からその役目を断っています。それなのにじゃんけんに参加させ、負けたことを理由に押しつける。ずいぶん都合のいい「公平」です。
新卒だから雑用を喜べ。拒否したなら勝負で黙れ。
先輩方の面倒を全部引き取るために入社したわけではありません。
「cくんは何を考えてる?」と、架空の人物で私を晒した
上司aの下で、部下bが業務過多からミスをした。どうすればよかったかを考えるケーススタディの場でした。
仕事が多すぎたのなら、なぜそんな量になったのかという話ができるはずです。ところが上司は、こんな人物を登場させました。
「この職場にぜんぜん仕事してないcくんがいたとしてさー」
「何を考えてるんだと思う?」
そして、ぜんぜん仕事していない私が当てられました。
上司は私の名前を出して責めたわけではありません。架空のcくんを置いて、本人にその内心を説明させる。私には、大勢の前で自分を辱めるためのやり方に思えました。
他人のミスを検討していたはずなのに、いつの間にか私の働き方が見世物になる。名指しせずに刺すから、何か言えば「仮定の話だろ」と逃げられる形です。こういう小細工をする知恵だけはあるのか、と腹が立ちます。
私がどんな働き方をしていようが、みんなの前で私を使って遊んでいい理由にはなりません。bの業務過多を扱う時間を、働かない人間への憎しみを育てる時間に変えるなという話です。
給料を受け取ることまで責める上司の言葉については、上司に「給料泥棒」と言われた日でも書いています。ここでは、直接の罵倒すら避けながら人を晒す、その嫌らしさを残しておきたいです。
ドタキャンだけが正解だった、クソ研修
休憩がほとんどなく、指差し確認を繰り返す研修がありました。ヨシ、ヨシ、ヨシ、ヨシ。この世の終わりみたいなクソ研修です。
場所のアクセスも悪く、自分以外の参加者は車でした。でも、私には上司が「信用できないので車は貸せない」と言い、私だけ車なしで移動に苦労することになりました。
貸さない理由として投げられたのは、「信用できない」という一言です。それでこちらだけ余計に苦労する。研修の内容がすでにトップクラスのクソなのにもかかわらず、移動の苦労まで上乗せされました。
当時の私は、有給を取るペースもタイミングも、すでに計画を決めていました。その計画に固執していたせいで、ここを仮病と有給で回避する、という発想が出なかったのです。
今でも、あそこで有給を使えばよかったと思います。予定どおりに休みを消化することより、その一日を会社に奪われない方が、私にとっては価値がありました。
とくに一度きりの、明らかにしんどい用事です。参加しても嫌な記憶だけ残るようなものに、休みの計画を守るため出席する。計画を大切にしすぎて、肝心の自分を救えなかったのが悔しいです。
ドタキャンだけが正解だった。これは私があの研修を振り返ったときの結論です。有給の使い道は、楽しい予定を入れることだけではありません。クソみたいな一日を、自分の人生から消すために使ってもよかった。
サボることしか考えていなくても、仕打ちはこの程度でした
当時の私は、マジでやばいくらいサボることしか考えていませんでした。それでも、会社でやられた話として挙げるのは、この3件です。むかつきましたが、殴られたり、身体を傷つけられたりしたわけではありません。
仕事をしない人間なら、嫌な役目を押しつけても、みんなの前で晒してもいい。そんな考えに、私は同意しません。腹が立つものは腹が立ちます。ただ、その腹立たしさと、まじめに働いて失う時間を比べると、後者の方がずっと大きかったのです。
しかも、3件のうち2件は、今考えれば回避できた話です。じゃんけんの件は、そもそも「じゃんけんで決める」にYESと言わなければよかった。ケーススタディで突然当てられる2件目は回避不能でしたが、3件目の研修は有給で回避できました。
「サボったらひどい目に遭うかもしれない」と恐れて、毎日まじめに働く。すると、まだ起きてもいない仕打ちを避けるために、自分の時間と体力を会社へ差し出すことになります。まじめに働くという不利益だけは、毎日確実に受け取っているわけです。
私の場合、サボり倒して受けた仕打ちはこの程度でした。そのうち2件は、もっとサボる方を選べば避けられた。これを恐れてまじめに働き続けるくらいなら、モンスター社員になった方がいいと私は思います。
他人にまともだと思われることへ縛られているなら、社会人に向いてないのは甘え?も近い話です。会社に嫌われないために働く時間を増やすより、嫌な仕事をどれだけ避けられるかを考える方が、私には得でした。
会社にとって扱いやすい人間になれないまま、少しラクになりたい人へ。「モンスター社員の教科書」では、会社に適応しないモンスター社員の実例や考え方に触れられます。自分だけがおかしいのかと苦しくなる日に、読んでみてください。



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