評価シートの「今期の目標」という空欄が、いつまでも埋まらない。
給料を受け取り、なるべく疲れずに帰りたい。会社で叶えたい夢などありません。それなのに、仕事への熱意や成長意欲を自分の言葉で書けと言われる。働くだけでも嫌なのに、働きたがっている人間の作文まで出さなければならない。
しかも、立派なことを書くと、後から「自分で決めた目標でしょ」と言われる。書かせたのは会社なのに、実行する責任だけは自分の希望だったことにされる。その仕組みが心底むかつきます。
目標設定がめんどくさいとき、やる気のある自分を創作するところから始めなくていいです。提出する書類と、自分から仕事を増やす約束は分けて考えられます。
空欄を埋めるためだけに、新しい仕事を生やしたくない
「何か改善できることはないか」「周囲へ貢献できることはないか」。書くことがないと、今の仕事とは別の活動を探してしまいます。
勉強会を開く。手順書を新しく作る。資格を取る。誰も頼んでいない仕事を探し、わざわざ自分の欄へ書き込む。会社が人と時間を用意して始めるはずのことを、目標の空欄が埋まらないという理由で引き取ってしまう。
その一文を書いた瞬間は、提出できてほっとするかもしれません。でも、次の面談には「あの活動はどうなった?」が待っています。空欄を消すために、数か月分の面倒を増やす。割に合いません。
「主体的に取り組みます」「積極的に支援します」と盛るほど、どこまでやるかが際限なくなります。担当ではない仕事へ呼ばれたときまで、その一文を持ち出されたくないです。
会社の利益を自分の使命として背負わされる話は、会社の利益なんてどうでもいいで扱っています。ここでは、評価シートに自分で何を書くかという、約束ができてしまう手前の場面です。
書くなら、すでに割り当てられている仕事の範囲から
書類を出す必要があるなら、現在の担当業務や、すでに提示されている作業・条件の範囲で書けることがあります。新しい役割を立候補して作ることとは違います。
たとえば「担当する○○業務を、定められた手順と期限に沿って行う」。それが実際の担当なら、まずはその仕事について書く。会社の書式で数値や評価項目が指定されていれば、既存の指示や担当内容に沿う範囲です。
この文面なら必ず承認される、という万能の例文ではありません。会社によって必要な項目や扱いは違います。ただ、書式を満たすための記載と、仕事量を自分で上乗せすることは同じではありません。
やってもいない実績を作る話でも、実行する気のない活動を立派に書く話でもないです。すでにある仕事について、余計な約束を足さずに書く。その方が、書いた後まで自分を拘束しにくくなります。
上司へ目標の相談を何度も持ち込み、期待される人物像を聞き出し、その人に気に入られる成長計画へ直す。そんな追加の仕事を、当然の手順にしたくありません。
提出物を整えるために、勤務後まで自己分析を始める必要もありません。「将来どんな社員になりたいか」を考えていたら、自分の夜が終わる。会社を出た後まで、あの空欄に頭を占領されるのはクソです。
目標への評価と、自分が望んでいる生き方は別です
地味な目標を書けば、「もっと挑戦して」と言われるかもしれません。熱意が足りないという評価になることもあります。どんな書き方でも昇給や高評価が保証されるわけではありません。
それでも、会社に喜ばれる一文を書くために、帰宅後の勉強や担当外の活動を自分から増やすことが、必ず自分の得になるとは思えません。評価のために手に入れた役割は、評価の時期が終わっても手元に残ります。
書類の中で立派な社員になって、実際の自分がその役を何か月も演じる。もう会社へ行くだけで嫌なのに、未来の自分へまで仕事を予約する。そんな契約書を、前向きな目標と呼ばれても笑えません。
評価が出た後に、上司の採点を自分の価値として受け取りたくない場合は、会社で評価されないときの考え方へ。今、書く目標の話と、後から付けられた点数の話は分けています。
会社が欲しがる熱意を、自分も本当に持っていることにしなくていいです。空欄を埋めることと、会社のために生きることは違います。
評価シートを閉じた後は、家へ帰り、自分の好きなことをする。私はそちらの時間を残したいです。会社の未来を語るために、自分の未来の夜まで差し出したくありません。
上司・会社がひり出すクソを食らい続けるのがもう限界な人へ。『モンスター社員の教科書』には、会社に適応しないモンスター社員の実例と、少しラクになる考え方をまとめています。仕事への熱意を演じることまで疲れた日に、読んでみてください。



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