「休み、何してた?」
別に話したいことはない。「家にいました」で終わりたいのに、「え、何もしなかったの?」と先を要求される。今度はこちらから「○○さんは?」と聞き返し、相手の休日を聞いて、ちょうどいいところで笑う。
そういう会話を、今日はもうやりたくない。話題が思いつかないのではなく、思いつくまで考えることから降りたいのです。
職場で雑談したくない人にまで、会話が弾むよう努力する課題を出さないでほしいです。業務の連絡に応じることと、隣の人が退屈しないように話をつなぐことは別です。
黙っていると「もっとコミュニケーションを取ろう」と説教が始まる。その相手は、こちらが話したくないことには耳を貸さない。ずいぶん一方通行なコミュニケーションです。
質問を返さないと会話が終わる。それでいいです
天気でもテレビでも、相手が悪い話をしているとは限りません。楽しく話せる人同士で話す分には、好きにすればいいと思います。ただ、そこへ毎回こちらの参加まで必要にしないでほしい。
「そうなんですね」と返したら、それ以上の質問を足さずに終える。「昨日の試合、見た?」には、「見てないです」で止める。見ていない理由や、代わりに何をしていたかまで提出しなくていいです。
そこで会話が途切れても、慌てて別の話題を探さない。沈黙した瞬間、こちらが失敗したことにされるのはおかしいです。私は、職場の空白を全部トークで埋めるために来ていません。
「今、忙しくて」と言えば切りやすい場面もあるでしょう。でも、雑談を終えるたびに忙しい仕事を探したくはありません。手が空いているなら話し相手になるべきだと言うなら、暇な時間まで相手の持ち物にされています。
休みの過ごし方を話したくないときは、「特に話すことはないです」。会話そのものを休みたいなら、「今日は静かにしていたいです」。そのくらいで終えたいです。次は面白い話を持ってくるとか、昼には付き合うとか、埋め合わせまで予約する必要はありません。
業務の質問が来たら、その用件には答える。話の途中で仕事の連絡になったら、その部分を聞く。雑談を増やさないために、必要な連絡まで無視する形へ広げる必要はありません。
「仕事の話には返事をしているのに、まだ何を話せと言うのか」。そう思うくらい、終わりのない要求です。用件を伝える仕組みの代わりに仲良し度を使い、輪へ入らない側を悪者にする。その雑なやり方を、私の会話力で補いたくありません。
会話が少ないだけではなく、必要な仕事の情報まで届かず困っているなら、職場に居場所がないと感じるときの話で扱う業務上の孤立に近いです。ここで終えたいのは、私生活の話や世間話を途切れさせない役目です。
話さない時間まで、寂しいことにしないでほしい
昼に一人で食べていると、「一緒に食べようよ」と声をかけられる。誘いを断ったら、「そんなに壁を作らなくても」と返ってくる。
一人でいたいという答えを出したのに、それが不正解になる。相手の輪へ入るまで心配したふりを続けられたら、親切を受け取っている気にはなれません。断るたびに、人としてどこか足りない扱いをされる。そのしつこさには、腹の底から嫌気がさします。
自分は黙って食べたい。それだけなのに、孤独を克服する物語に参加させられる。食事くらい、会社の人間関係を改善するイベントにしないでほしいです。
毎日、休憩中の話題を用意する。興味のない話にも質問する。帰宅してから「今日の返しは冷たかったか」と振り返る。そうやって直し続けた先に、話さなくて済む日は来るのでしょうか。むしろ、次も同じ反応を期待されるだけかもしれません。
雑談したくない自分を、話し上手へ作り替える予定はなくていいです。仲良くなりたい日が来れば、その日に話せばいい。今、相手が話したいという都合で、こちらの気持ちまで先回りして変える必要はありません。
雑談だけでなく、飲み会や会社の価値観まで一式で合わせるのが苦しい場合は、会社に馴染めないという話へ。会社全体への適応と、目の前の一つの雑談へ付き合うかどうかを、同じ大問題にしなくていいです。
「そうなんですね」で話が終わった。今日は質問を返さなかった。そこから自分の性格の悪さを反省する必要まで、私は感じません。
私が一つ質問を足せば場が続くとしても、続けたい人のために毎回足す気はないです。会社にいる間じゅう他人の話を面白がる顔をして、それでやっと普通の社員だと言うなら、その普通はあまりに厚かましい。
『モンスター社員の教科書』では、会社に適応しないモンスター社員の実例と、少しラクになる考え方に触れられます。愛想よく付き合えない自分を、会社の望む人間へ直したくない日に。話したくない自分のまま読める一冊です。



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